2026-07-17
連絡を我慢した限界の先に気づいたこと――恋愛と自己肯定感

連絡を我慢した限界の先に気づいたこと――恋愛と自己肯定感
「今日も送らなかった」と日記に書いた日が、二週間続いた。
自分から送らないと決めてから、毎日それだけを目標にして生きていた時期がある。送らなかった日の夜は少しだけ誇らしかった。送りたかった気持ちを、なんとか押さえ込んだから。でも翌朝目が覚めると、また戦いが始まる。
一人で悩んでいませんか?
遥に少しだけ吐き出してみませんか。
我慢すると何が変わるか
連絡を我慢し始めた最初の一週間で、変化に気づいた。
スマホを見る回数が減った。彼のSNSをチェックしなくなった。仕事に集中できる時間が少し増えた。「送らない」という選択が積み重なると、自分の中に何かが戻ってくる感覚がある。
それは自分の時間だったのかもしれない。彼のことを考えて使っていた脳の容量が、少しずつ空いていく。その空いたスペースに、自分のことを考える余地が生まれてくる。
我慢が自己肯定感を上げるというのは、こういうことだと思う。自分でコントロールできたという事実が、じわじわと効いてくる。
でも、我慢には副作用がある
二週間を過ぎたあたりから、様子が変わった。
我慢することが目的になっていた。「今日も送らなかった」に対して感じる達成感が、どんどん薄れて、今度は「なんで私だけ我慢しなきゃいけないの」という怒りに変わっていった。
我慢は手段であって、目的じゃない。それを忘れると、我慢そのものがストレスになる。送らないことに必死になるあまり、送りたい気持ちを「悪いもの」として自分の中で処理し始める。そうなると、自分の感情を否定することになる。
感情を否定し続けると、自己肯定感は逆に下がっていく。
我慢の目的を決めると、全然違う
「送らない」という選択が功を奏するかどうかは、何のためにやるかで変わる。
「彼に追わせたい」という目的でやると、毎日が駆け引きになる。彼の反応を監視して、連絡が来たら安心して、来なければ絶望する。それは我慢じゃなく、別の形の依存だ。
「自分の時間を取り戻す」「自分が判断する側に立つ」という目的でやると、少し違う景色が見えてくる。送らなかった日の充実感の質が変わる。彼の反応に左右されなくなっていく。
限界まで我慢した先にあるもの
限界まで我慢した。送りたくて、もう無理だと思って、結局送ってしまった日もあった。
そのとき自分を責めないでほしいと思う。送ってしまったのは、それだけ感情が本物だったということだから。問題は送ったかどうかじゃない。送った後の自分の扱い方だ。
我慢できなかった日を「失敗」と記録するんじゃなく、「今日はそれだけ気持ちが強かった日」と記録するほうが、長い目で見ると続けられる。
一人で抱えていると、我慢することへの執着が強くなりすぎることがある。どうにもならなくなる前に、話せる場所を持っておくことが、思った以上に助けになることを、後から知った。
同じ気持ちのあなたへ、合わせて読まれています
この記事を書いた人:遥
秘密の恋、誰にも言えない関係に悩む女性のための専門相談員。正論で否定せず、あなたの本当の気持ちに寄り添います。今まで数多くの方の「夜中の涙」を受け止めてきました。